ご近所 歴史 再発見!その4
会津を遠く離れて…
 ご近所歴史 再発見!その4は、熊本が舞台です。
 熊本といえば、西南戦争、そして会津…ときて思い浮かべるのは?
 そう、鬼官兵衛こと、佐川官兵衛!!
 2008年8月22日、長い間懸案だった『佐川官兵衛関の史跡を巡る旅』決行です!

 目的地までは車で2時間半から3時間かかるので、7時20分ごろ家を出ました。

 まず目指すのは『佐川官兵衛討死之地碑』
 いつも活用するのは携帯のナビ。
 便利なんですよねぇ。
 今回ナビを設定するのに目印としたのは、「京都大学火山研究所」
 携帯のナビの音声を頼りに、ひたすら車を走らせる。
久留米I.Cより九州自動車道を熊本方面へ…。
高速を走っている途中に、パタパタっとフロントガラスに水滴が…?
げっ、雨っ!?

控え目ながら落ちてくる雨。
しまった、傘は持ってきてない…!

慌てて途中のSAに寄り、傘を買う。
余計な出費だけど、こればかりは仕方がない。
熊本I.Cを降りて南阿蘇村へ。
阿蘇大橋を渡って東海大(?)の方へと向かう。
驚くほど山の中。
けれど周りにはペンションだの、別荘だの…。
うーん、この辺は戦跡のイメージしかなかったんだけど、どっちかっていうと夏の避暑地っぽいイメージ?
目印の「京都大学火山研究所」の入口付近に着いた頃には雨脚がさらに強くなってきた。

入り口脇には「西南の役」の立派な案内看板が。




案内看板の地図(上の図)を見ると、この「京都大学火山研究所」の入口一帯が「西南の役公園」ということらしい。

この地図を目安にして目指す『佐川官兵衛討死之地』へ。
地図上だと左の方の8番ですね。
場所を確認して再度車で移動。
ほんの少し進んだ先に、目的の『佐川官兵衛討死之地』の碑を見つけました。
『會』の旗印が雨の中幾つもはためき、一目であっ!と気が付きました。
とってもわかりやすいです。
傘を片手に車を降りて、さっそく碑の方へ…。
ところが、冗談でも誇張でもなく、本当に一足ごとに雨脚が強まっていく…!!
大粒の雨が傘を打つ、もう土砂降り。
まだ数メートルしか進んでいないのに、あっという間に、膝から下、靴の中、靴下までびしょ濡れです…。

でもこの程度で挫けている場合じゃないし!!
足を止めることなく突き進み、なんとか碑の前へたどり着く。
手にした袋から線香を取り出し、ライターから直に火をつける。
とても蝋燭なんて出せる状態ではないので、致し方ない。
お花の準備はなかったので、代わりに会津のお酒をほんの少しだけどあげてから手を合わせた。

無情にも、さらに酷くなる雨。
もう傘なんて意味を為してないし!
それでも怯まず『写真を撮らせて下さい!』とお願いしてから『佐川官兵衛討死之地碑』を数枚カメラに収める。

側面には
「君がため都の空を打ちいでて 阿蘇山麓に身は露となる」
と辞世の句が刻まれています。
碑の横には案内の看板。
佐川官兵衛についてと碑の解説が書かれていました。

佐川官兵衛討死之地碑・解説

佐川官兵衛は天保二年(一八三一)、会津藩物頭佐川幸右衛門の長男として生まれた。
慶応年間に上京し、京都守護職たりし、藩公松平容保のもと、藩校京都日新館の奉行と別選組・諸生組の隊長を兼務。
慶応四年(一八六八)一月勃発の鳥羽伏見の戦いに、孤軍奮闘し刀は折れ右目の上に銃創を負っても平然と指揮をつづけたことから鬼官兵衛の異名をとった。
会津開城から六年明治七年(一八七四)には旧藩士三百名を率いて東京警視庁に出仕。麹町警察署長職にあった十年二月に西南の役が起こるや、豊後口警視隊副指揮長として阿蘇の南郷谷へ出征したのである。
しかし当時すでに薩軍は二重峠を占拠していたため佐川隊は三月十八日未明に旧白水村から出動。この地で薩軍に遭遇し、鬼官兵衛は薩軍と斬り結ぶうち胸に被弾して仆れた。
享年四十八。碑文はその辞世にほかならない。
村民に優しかったその士魂を慕う者いまなお多く命日にはこの地に有志相集って碑前祭がおこなわれている。
平成十七年(二〇〇五)五月 中村彰彦誌
南阿蘇村教育委員会

碑から振り返ってすぐ斜向かいに『佐川官兵衛塚(首塚)』があった。
今度はそちらへ移動して手を合せ、もう一度写真を撮らせていただけるようにお願いする。
すでにバケツをひっくり返したような…といった感じの雨。
ところでこの碑に刻まれた文字は『佐川官兵衛“塚”』と読める。
ところがなぜか先に出た案内看板には『佐川官兵衛“隊”(首“隊”』と書かれていたりする…。
普通に考えて『首“隊”』っておかしいと思うんだけどなぁ…;
気付かなかったんでしょうね、きっと。
涙雨にも程があるようね…と思いつつ、再度車へ乗り込み、「京都大学火山研究所入口」にある看板辺りまで移動。

この入口の道沿いには「西郷有志隊の碑」や「西南の役慰霊碑」を始め、西南戦争関連の碑が6つも並んでいる。
その中に「佐川官兵衛殉難之地碑」もあった。

人通りもなく激しい雨音だけが響く中で、目当ての碑へと移動。
あまりにひどい雨に、長居するなと言われているように感じて、手を合わせるとお願いをして撮影だけ済まし、早々に立ち去ることに…。

そしてその場から離れて5分もしないうちに、みるみる雨脚が弱まり、ついには太陽が顔を出した。
…うぅ、あんまりです…orz
もう少し待つべきだったのかなぁと思ったものの、今更引き返すにはちょっと離れ過ぎてしまったので、このまま先を急ぐことに。
次に向かったのは『南郷有志隊留魂碑』と『西南の役 佐川官兵衛足跡碑』
場所は『白水小学校』の近くなので、これもナビを頼りに移動。
『西南の役公園』から車でだいたい30分程度で行けました。
この時通ったのは旧道で、細い山道でした。
もしかしたら他にも広くて通りやすい道もあるのかも知れませんが、まぁナビにお任せでしたので…。

こちらが『南郷有志隊留魂碑』
そしてこっちが『西南の役 佐川官兵衛足跡碑』

ここは道が狭く、車を止めるのに苦労しました…。
なんとか止めさせていただいて碑を撮影。

駆け足ですが、次は『佐川官兵衛記念館』へ移動です。
ここは『西南の役 佐川官兵衛足跡碑』がある場所からは大してはなれていません。
駐車場もあるので、こちらに先にきて車を止めさせていただいてから、徒歩で『西南の役 佐川官兵衛足跡碑』へ移動してもいいかもしれませんね。
記念館のすぐ脇にある『明神池』
ここは最後の出陣の朝に、佐川官兵衛が顔を洗った池として伝わっています。
ここのお水は汲んで帰ることができます。
近くで空のペットボトルも販売していました。

この池の写真からはあまり分からないかもしれませんが、驚くほど透明度が高くて、綺麗な水でしたよ!
正直ここまでとは思っていませんでした。
寄られる際は、ぜひ汲んでいって下さいね!
そして『鬼官兵衛記念館』です。

数日前に問い合わせたところ、年中無休で、常駐する人はいません、ご自由にお入り下さいと言われました。
で、何か御用があれば、となりの家に声をかけてくださいとのことでした。
中は…。
あまり整備されているとは言い難く、いろんなものが雑然と置かれ、並べられています。
ほこりも結構…。

イメージとしては、昔の古道具屋さんみたい?
ここにある本(まるで古書店のように、歴史ものに限らずいろんな本がある…;)はどれでも手に取って見られますし、近くならば借り出しOKらしいです。
私は遠いので借りれませんけど。

体調の関係であまり長居もできませんでしたので、一周見てから車へ戻りました。
…というわけで、とっても早足でしたが、佐川官兵衛関連のみ回ってみました。
本当は『二重の峠』や他の戦跡も回れれば良かったのですが、天気も天気でしたので…。
またいつかゆっくり回れたらいいなぁと思います。