ご近所 歴史 再発見!
九州は福岡県在住の月城は、会津・二本松をメインに東軍贔屓なのですが、如何せん棲家が九州の福岡県なもので、残念ながら週末に関係史跡を巡る・・・なんていうのは夢また夢。
その夢を実現するためには、大概気合入れて貯金しつつ休みを調整しなければなりません。
うぁあ、残念・・・。
と思っていたんですが、そうでもないじゃん!と閃いた。
マイナーでも良い、日帰りできる範囲で何か関連するものを探そう!

そうしてこの企画が出来上がったのでした。
男気溢れる野戦病院頭取 高松凌雲
 さてさて第一回は当初の企画では斗南藩士・郡長正の墓の予定でしたが、何しろ立地条件が棲家に近いことと、「静かなる獅子」関連で話題が(個人的に)タイムリーなことから、予定を大きく変更しまして、任侠Dr.高松凌雲の生誕記念碑を取材したいと思います。
 実は私、高松凌雲先生のことは知っていたんですが、出身がまさかこんなに近くだとは知りませんでした。
 古飯村(現・小郡市)といえば、毎日でも通える距離だよ!!驚き!!
 高校の頃は毎日その側をバスで通って学校に通っていたんですが、今思えば大変勿体無いことをしたもんです。

 それでは早速、高松凌雲の生誕の地へ行ってみましょう!

 自宅より車を走らせること10分弱。
 県道14号線に目印の「古飯」の交差点が見えてきました。ちなみに「古飯」は「ふるえ」と読みます。
 非常に狭い道です。その路地を100mもいってないかな。すぐにそれらしい碑が見えてきました。
せまーい路地。
右のガードレールの向こう側は側溝(用水路?)
中央に見える白っぽい縦長い棒のようなものが、どうやらその碑のようです。
あった、ありました!
細い路地の先にある碑なので、見付けづらいかもしれないと覚悟をして行ったんですが、拍子抜けするほどあっさり見つかりました。
それでは早速撮影を・・・。
こちらがその碑。
「高松凌雲先生誕生之地」と書かれています。
随分高い碑です。
右の解説看板が160〜170センチほどある気がしたので、その高さがお分かりいただけるかと・・・。
非常に綺麗に整備されています。
案内看板の画像。
高松凌雲先生についての解説が日本語・英語・韓国語で書かれています。
これは碑の裏側からの写真。
碑の裏にはこう書かれていました。

「高松凌雲(1836−1916)は農家から将軍の侍医となり欧州を視察す 函館戦争で赤十字活動をしのち博愛施療を推進した医傑である 昭和五十年一月 三井医師会小郡部会建 小野正男撰 題字 蒲池格書 大石茂躬書」
ここが生家です。
といっても当時のままではないと思いますが。
表は広くとってあり、またとても綺麗にしてあります。
枯葉一枚ありませんでした。
いやぁ、堪能した!

と、実はこれだけじゃなかったんです!ここにあったのは!

続く。