「・じ・・・銃士隊ッ!!」
背に傷を負い鮮血を滴らせながら、切羽詰ったように野津は怒鳴った。
早く撃てと。
突然の敵襲に慌てふためき、散り散りになっていた銃手は皆その声にようやく我に返る。
未だ声をあげる隊長・野津を庇うようにして立ちふさがり、手にした銃を構える。
緊張から震える手で狙った先には、反撃に傷つきながらも、まだしも向かってくる気配の二人の男がいた。
一人は血に濡れた白刃を未だ引っ提げギラついた目でこちらを睨み付けている。
もう一人はその得物を擲ち野津の背に傷を負わせた後、流石に限界に来ているのか苦しげに肩で息をしながら片膝を付いている。
その足下に累々と横たわる屍は九つ。
それ以外にもその二人の青年を囲むようにして、負傷した男たちがいた。
尻餅をつき斬られた腕を押さえる者、血みどろでのたうつ者、這い蹲り逃げ惑うもの。
奇襲とはいえたった二人で瞬く間に九人も斬り伏せ、それどころか小隊長の野津にまで傷を負わせたのか。
このままでは我が身も危ない。
ダーン、ガガーン
狙いを定めた銃士隊の銃が火を噴いた。
一斉砲火を浴びた二人は、足下の血溜まりに転がるまだ生暖かい屍の上に崩れるように倒れこんだ。



往きて帰らず




供中口後方にある愛宕山は嵐の前の静けさに包まれていた。朝靄は濃く、その静けさを一層深いものにしている。
時は慶応四年戊辰七月二十九日。
既に隣国・三春が西軍に降ったという報は届いている。
それを受けて城中で軍議が行われ、紆余曲折あったものの結局二本松は信を守り徹底抗戦する道を選んだ。
三春の様にはなるまいぞと、あからさまにそう口にする者すらあった。
しかし徹底抗戦と声高に言ったところで、今の二本松の戦力は高が知れている。
主戦力となる筈の血気盛んなる藩士の殆どはとうに白河口など藩外へ配置されいるし、そこの戦況も思わしくない。例え城が危ういとはいえ今の戦地を簡単に放棄して戻ってくることは出来ないだろう。
また今更戻ったところで殆ど間に合いはしない。
結果藩内に残された少数と老少年で戦い抜くしか道は残されていないのだ。
国難に殉じるべし、という教えはそれこそ老若問わず隅々まで行き渡っているかもしれないが、流石に十二、三歳の子どもらが嬉々として戦場へ赴く様はやはり胸が痛むものだ。
山岡はこの戦いの行く末を思い、一人重石でも飲み込んだかのような暗澹たる心持でいた。
この愛宕山に陣を構える朝河隊にも歳若い銃手がいた。確か江戸詰めだった小沢氏の子で、名は幾弥といったろうか。歳はまだ十七の筈。
山岡はため息混じりに首を振った。
歳の問題ではない、今のこの時勢に大人子どもは関係無いだろう。どうせ城下に残ったところで、すぐに戦火に巻き込まれるのは目に見えている。
武士の子である以上、国の危急に際し黙って身を隠すなど出来ようはずも無い。
だが、それでも。
それでも生き残る術があるならば、前途ある彼らをこそ護らねばならないのではないか―――。
「何だ、辛気臭い顔をして」
突然降ってきた声に思考を中断され、顔を上げる。
そこには苦々しい顔をした見覚えのある青年の姿があった。
「・・・青山か、どうした」
「どうしたはこっちの台詞だろう。今から戦だというのに、陣から離れ何を考え込んでいるんだ。何ぞ城下に心残りでもあるのか?」
何処か苛々とした口調でそう言いながら、青山は岩に腰を下ろしている山岡の隣に歩みを進めた。
「別に何もないさ、心残りなんて」
山岡はそう答えて、薄闇と朝霧に包まれ境目のわからない山の稜線に視線を移しながら、厄介な奴と一緒になってしまったもんだと思った。
山岡栄治は二十六、青山助之丞は二十一、山岡のほうが五つも年上だったが、いつも真っ直ぐに向かい合ってくる青山が何故か苦手だった。
今もこうして考え事をする暇すら与えてくれない。
山岡は穏やかで静かに考え込む事が好きだったし、黙考してから行動するのが常だった。
だが相対して青山は物事を直感的に見抜き、直ぐに行動に移す。それがまた的外れでもないのだから随分と勘がいいのだろう。
決して仲が悪い訳ではなかった。ただ単に性向の違いという奴だ。
だがいつにもまして青山は気が立っている風に見えた。
気が立っているというのは多少語弊がある、戦意高揚というべきかも知れない。
戦を前に覚悟を決めたと、多分そういうことなのだろう。
自身の命さえ顧みない、前へ出る強さと勢いをその体から感じられた。
しくりと山岡の胸の何処かが痛む。
戦へ駆り出される少年たちの事を思ったときと同じ、不可思議な感覚。
まだだ、と思った。
今はまだ死ぬときではない筈。
山岡の何処かがそう告げている。
「・・・お前は、死を受け入れたのだな」
ぽつり、と思わず言葉が漏れる。
発した山岡自身、どういう意味の言葉なのかは解っていなかった。
「妙な事を言うな・・・」
山岡のその小さな呟きを耳にした青山は、不機嫌に言い返した。
「死を受け入れたなどと・・・。この愛宕山の陣に来たときから、元より私は死ぬ心算だ。その決心で戦う。私は死を恐れたりなどせぬ」
青山の胸の内にふつふつと怒りが沸くのがその言葉の端々からわかった。
山岡が口にした言葉は、ただでさえ戦地の高揚した雰囲気の中にある青山を煽ったとそう取られても仕方の無い言葉だった。
そしてそれは、自分はそうではないとも取れる言葉でもある。
「お前は何だ、死が怖いのか!」
やはり、青山はそう受け取ったらしい。
言い方が悪すぎたと、山岡は先程の自分の不用意な発言を後悔した。
「・・・別に死を恐れてる訳じゃないさ」
それは紛れもない事実。口にすれば空々しく聞こえたとしても、それは本心からの気持ちだ。
「ただ」
山岡はそこで言い澱み、頭を掻いた。
「ただ、何だ」
歯切れの悪い物言いの続く山岡に、青山は眉間に皺を寄せて先を促した。
「・・・何と言ったらいいのか・・・」
上手い言葉が見つからない。どういえば自身の考えをいきり立った青山に正確に伝える事が出来るだろう。
「死を覚悟するのは、未だ早いと、思うのだ」
「何を言うかッ!」
山岡の言葉の続きを遮って、我慢できんとばかりに青山はがなった。
「この国難に、お前は死にたくないと言うのか!」
「だれもそんなことは言っていないだろう」
山岡もさすがに不快感を表した。
今は時期ではない、そう言う心算だった。先走って人の言葉を遮った挙句、『死にたくない』と思っているなどと人を判じるとは何処までも勝手な解釈だ。
だがここで怒鳴り返したところで、こんな風に感情の昂ぶった青山には逆効果だろう。
「・・・私が言いたいのは『死にたくない』などという事ではない、まだその時期ではないということだ」
怒りに任せることなく、山岡は言い返す。これ以上誤解されては敵わない。
「じゃあ何だと言うんだ。今まさに敵が迫らんとしている。直ぐにでも戦は始まるだろう。大きな声では言えんが正直な話、援軍も望めん。この状況ならば、城を枕に討ち死にが常だろう!」
どうだ、文句があるかと言わんばかりに青山はまくし立てる。
「私は今すぐ西軍に斬り込んでいったって構わない。それで相手を霍乱出来るなら陣にも加勢となるだろう。私はそれくらいの気概でいるんだ、今死を覚悟して何が可笑しい!」
何処まで本気かわからないが、今突然斬り込んで行っても意味などないだろう。それこそ犬死だ。
そう思ったがさすがにそれは口に出さなかった。青山だってそれはわかっている筈だ。
青山が言いたいのはそういうことではないのだろう。
今ここで死んでも構わない、その心算で、それだけの決心で戦う。
振り返ることは無い、青山はただ前だけを見ている。そういうことだ。
だが山岡は、死を身近に感じた今、少しだけ振り返ってしまった。今ここで死んだとして、その後の事を。
もしこの戦で死んだなら、それも天命だろう。
だが死を免れたとき、自分はどう生きどう死ぬ道を選ぶだろうか。どうすることが最善となるのか。
名を残したい訳ではない、死に場所を求めている訳でもない、けれど死が恐ろしいと、そう思う訳でもなかった。
ただ、死んでしまっては、もう護るために戦う事は出来ないのだ。それをついと考えてしまう。
死を覚悟するとき、それは自分にとって文字通り最後の戦いになる。
ここで命を投げ出して戦い、死ぬ。それで自分は納得できるのだろうか、と。
確かに「死を覚悟して」という青山の考えも良くわかるし、納得できる云々などと言っている場合でもない。
戦の足音はもうすぐそこまで来ているのも事実だ。
空が白み始めるころには、西軍が大挙して押し寄せるだろう。
数の上では完全に押される。死を賭して戦ったとて、この愛宕山で敵の進軍を抑えるのは容易ではない。
「もしも愛宕山の陣が落ちるときには、私は一人ででも斬り込んで行きこの愛宕山で死ぬ覚悟だ!」
その青山の言葉に、また山岡の胸は痛んだ。死を恐れない、その真っ直ぐな強さは眩しいくらいだ。
「・・・簡単に死ぬというな」
だが山岡はゆっくりと首を振った。
「死なねばならぬ時期は必ず来る。それも直ぐにだ。だがそれは今ではない。お前がここで無闇に死んで、それが何かの足しになるのか?敵を食い止める何か大きな手立てでもあるというのか?違うだろう」
続ける山岡の口調は何処か諌めるような響きがあった。
「敵を食い止めるために一人で斬り込んでいったところで、あっという間に銃撃され敵を一人も倒すことなく死ぬ可能性のほうが高い。それでは無駄死にだ」
そうだ、たった一人正面から斬り込んでいって、一体それが何になろう。
もしこの愛宕山の陣が破られその時にまだ死してなければ、ここで死を賭してたった一人で進軍を食い止めようとするよりも、急ぎ城下へ戻り体勢を立て直してから押し寄せる敵を一人でも倒すほうが遙かに有意義な気がする。
青山の言うとおり、西軍に斬り込んで行き敵を撹乱するのは、少しでも進軍を遅らせるという意味では少数で出来る有効な手段だ。
だがそれは命を引き換えにして初めて為る計略でもある。
今は未だその時ではない、とそう山岡は考えていた。
命を投げ出すには時期尚早、効果を考え戦局をよく読まねば、ただ死ぬだけだ。
「やはり死が恐ろしいか、腰抜けめ!」
青山は声を荒げた。
右手は柄に、左手は鞘に、今にも鯉口を切らんとする勢いだ。
どうやら山岡の思いは残念ながら青山に届かなかったようだ。致し方ない。
「互いに犬死したいというのならば、抜けばよかろう・・・」
山岡も岩から腰を上げ、ゆっくりと左手を鞘に添える。
「お前から見て、私が死を恐れているように見えるというのならば、ここで斬ってくれて構わない。だがここで斬り合い、それこそ何になる。お前は『藩の為』と口では言いながら、その実藩の為に役立つことを考えてなどいない。藩のためという名目に縋って死に急いでいるだけではないか。私にはそう思えて仕方が無い」
山岡を睨みつける青山の目つきが更に険しくなった。
ジリと足下から擦れる音が微かに聞こえる。
「どうせ藩の為に死ぬと決めたなら、せめて役に立つ死に方をしようと、私はそう言っているんだ。今ここで藩の為に死ぬと腹を決めたのなら、青山・・・」
そこで言葉を切った山岡は鞘から手を下ろした。
青山は言葉を続ける山岡をじっと見て鍔を押さえていた指を緩める。これでいつでも鯉口は切れる。
「・・・お前の命を、私に預けてはくれんか」
真剣な面持ちの山岡は青山へ向かい、深々と頭を下げた。
「・・・この通りだ」
ぐっと青山は言葉に詰まった。
一触即発、という状態だった筈だ。
実際自分は今にも鯉口を切るところだった。山岡も先程まで鞘に手を添えていた。
そんな息詰まるような一瞬に突然頭を下げ『命を預けてくれ』と言い出す。
山岡という男はこの戦場であっても冷静なのか、それともただ本当に馬鹿なだけなのか。
青山は毒気を抜かれ肩の力を抜いた。
「解らん・・・」
瞑目し呟いて頭を振る。口からはため息が漏れた。
「山岡、お前は先を見すぎるのではないか。自分の手の届かぬ先までを憂いている、だから余計な事を考えるのだ」
今このときは、目の前の事象に専念するべきだと、青山は再度ため息混じりに言った。
青山のその言葉に、少し驚いたように瞬きするとくっくと山岡は笑った。
なるほど。
全く思いもしなかったが、そういわれれば確かにそうかもしれない。
自分は後のことばかり考えていると思っていたが、青山から見ればどうやら先読みをし過ぎていると映るらしい。
手の届かぬ先ばかりを憂いている、全くその通りだ。
「なんだ突然、気色の悪い・・・気でも違ったか」
突然笑い出した山岡に、青山は少し身を引いて眉を寄せる。
「・・・いや、すまん」
笑いを収めながら山岡はまた元のように岩に腰を下ろす。
「俺もここで死ぬと思っているからだろうな、ずっと・・・先の事が心配になる。やはりお前の言うとおり、俺には心残りがあるのかもしれん」
この二本松の事、まだ歳若い子どもらのこと、この戦いの行く末、引いてはこの国の行く末。
手など届くはずもないと言うのに、けれどどうしても考えずにはいられない。
この濃い霧と闇に包まれた世界のように、総ては判然とせず、今はこの命すら確かなものとは言い難い。
それでも、何かを見通すようにその輪郭を辿るように、目を凝らさずにはいられないのだ。
「・・・お前に預ける」
唐突な言葉に、ぽかんと山岡は青山を見上げた。
「私の命の事だ。この戦の後生きていれば、お前に預けると言っている」
「・・・青山」
「本当にいいのか、などと言うなよ。折角お前の言う『役に立つ死に方』というのに加勢しようという気になったんだからな」
山岡の考えが何処まで伝わったかは知れない。
だが青山も山岡の言葉から何某かの思いを読み取り、漠然とではあるが何か共感するものがあったのだろう。
「とにかく今は戦の事を考えろ。後のことは後だ」
それだけ言うと、青山はもう何も言わず山岡に背を向けて陣へと戻っていった。



川を挟み睨み合ったどちらから先にその戦火の火蓋を切ったのかはわからない。
だがその戦の火種は瞬く間に四方へ広がり、方々から砲撃音と怒声が上がる。
愛宕山を含む供中口の陣は防戦一方、しかしそれも長くはもたなかった。
供中口は間もなく落ち、敵はすぐに愛宕山にも達した。
潮の如く雪崩れ込んでくる西軍は、数の上でも兵力の上でも圧倒的強さを見せ付け、二本松軍は程なく城下へと退却を余儀なくされた。

愛宕山はもう落ちた。これからこのまま城下へ取って返すか、どこかで防戦に加わるか。山岡は城下への道を辿りながら逡巡した。
背後からは迫り来る西軍の怒号が聞こえている。
「山岡ッ!」
呼ばれた気がして走りながらも後顧する。それでも気を抜かず、手にした太刀を握りなおした。
すぐ脇の茂みがガサと揺れたかと思うと、そこから青山が飛び出してきた。青山も既に銃を捨て、手には愛刀を携えている。
「何処へ向かう」
開口一番、青山は短く問うた。
「・・・そうだな」
並んで走りながら山岡は更に逡巡した。
残るとすれば大壇口か。
確かあそこには木村銃太郎に率いられた少年等が布陣していた筈。だがこの戦況ならばもう引いているかもしれない。
何にせよまだ大壇口が落ちていないならば、そこへ向かうのが最善かもしれない。
「青山、大壇口だ」
「相判った」
そのまま口元を引き締めるともう一言も発さず、二人は肩を並べる様にして大壇口への道を急いだ。

青山は何一つ聞かず、黙って後ろからついて来る。
今更言葉は必要なかった。
愛宕山での「お前に預ける」とただその一言が、今の二人を繋いでいた。
もし、もう大壇口も落ちた後ならば、このまま正面から向かっていっても西軍の大隊にぶつかる。
たった二人、まともに当たっては意味がない。
二人は山岡を先頭にして道も無い薮へと入った。
たとえ大壇口が落ちていたとしても、こんな薮まではまだ敵も入り込みはしないだろう。まずは真っ直ぐ城を目指す筈だ。
深い薮を抜け、林を進み、漸く大壇口近くへ辿り着く。
途中藪の向こうに少年らしき小さな影を見た。
大壇口より退却していく少年たちだろう。
反撃が止み、退却が知れれば、ここもすぐに西軍で溢れかえる。
二人は敵が大挙して押し寄せる前に身を潜める先を探すことにした。
まだ硝煙の煙と煤と血の臭いがそこら中濛々と立ち込めている。
遠く人の声らしきものがかすかに聞こえるのは迫り来る西軍のものか。
もう一刻の猶予も無い。

大壇口から城下へ向かう道筋に御誂え向きの吹上茶屋があった。
茶屋だけあって表から道は極近い。直ぐ前はもう道が見えている。
裏手は雑木林が続き、忍び込むには打って付だ。
二人は目で確認しあうと、辺りに敵兵がいないか気を配りながらそっと茶屋へ忍び寄った。
中に人の気配はない。家人は事前に戦の雲行きを感じ取りどこぞへか身を隠したのだろう。
武家で無い者は戦う理由も術もないのだから危険を察知すれば直ぐにでも逃げ出す。
そうする事でしか身を護れないのだから当然のことだ。
だがそのお陰でこうして潜伏先を見つけることが出来る。
人気の無い茶屋に素早く潜り込むと、辺りに人影のない事を確認し小さな裏木戸を閉めた。

薄暗い家の中にも段々と目が慣れてくる。
家の中はがらんとして、何処か湿っぽく黴臭い。
裏の土間から中を通り、表の入り口まで音を立てないよう移動する。
表の戸は歪んでいるせいか節が入っているせいか突合せの板に隙間が多い。そこから覗くようにしてそっと外を伺う。
鼻先の道にも味方のものだろう骸がぽつんと転がっている。
あれほど近かった砲撃音が今では随分と遠く感じた。もう城下でも戦闘が始まっているのだろう。
遠く、足音が聞こえる。大壇口を落とした西軍か、あるいはもっと別の援軍が近づいているのか。
山岡はここに来て初めて口を開いた。
「次に通る奴らを狙う」
緊張からかその声は擦れている。口の中も喉もカラカラに渇いていた。逆に柄を握る手は汗ばんで感じる。
「解った」
返事を返す青山もやはり緊張しているのか、ふうと息を漏らす。
その間も互いに外から目を離さない。
近づいてくる足音に全神経を傾ける。肌ですらその音を感じるほどに神経を研ぎ澄ます。
ここで一矢報いてやろう、今こそが命を賭して戦うべき時だ。山岡は思った。
二人で躍り掛かり数人でも斬り倒して西軍を撹乱できれば上々、混乱に乗じ、敵将を討つ事が出来れば尚いい。
それでも少しは退却する味方の援護にはなるだろう。いや、なって欲しい。
先程の少年たちの影を思い返す。
どうか無事に、と。そこまで思って視界に見えたものに息を飲む。
来た、とうとう。
青山の喉が鳴ったのが聞こえた。
「いくか」
小さな声でポツリと呟くと、表から目を離し、青山を見た。
「あぁ」
青山も山岡を見返すとニッとわらった。心なしか顔が青白く見えるのは光の加減か、緊張のためか。
だが多分山岡自身も同じように強張った表情をしているに違いなかった。
二人は互いに深く頷き合うと、柄を握りなおし、戸外へと身を躍らせた。

そこからの記憶は殆どなかった。
気が付くと、目の前で凄まじい形相の男が刀を抜く間もなく仰向けに倒れる所だった。
左から斬りかかって来る敵の鼻先に手にした白刃が閃く。
びょぉと遠くに風が鳴った。
いつ斬られたものか、右の二の腕からは鮮血が噴出している。痛みはない。
ちらと目の端に青山の姿が映った。
まるでそれが合図だったかのように、突然山岡の視界が明るく開け、漸く周りが見え始めた。
そこらに転がる敵兵の屍。
返り血に染まる自身の腕と愛刀。
じりと踏み込む足下は血溜まりが出来上がっている。
見慣れぬ戎服姿の男たちが引き攣った顔をして、下り坂の勾配に足を取られながら我先にと後退って行く。
どこからか怒声が上がった。
目を向けると背を斬られたらしいシャグマの男が、膝を付いた青山の背越しに見えた。

「・じ・・・銃士隊ッ!!」
背に傷を負い鮮血を滴らせながら、切羽詰ったように野津は怒鳴った。
早く撃てと。
突然の敵襲に慌てふためき、散り散りになっていた銃手は皆その声にようやく我に返る。
未だ声をあげる隊長・野津を庇うようにして立ちふさがり、手にした銃を構える。
緊張から震える手で狙った先には、反撃に傷つきながらも、まだしも向かってくる気配の二人の男がいた。
一人は血に濡れた白刃を未だ引っ提げギラついた目でこちらを睨み付けている。
もう一人はその得物を擲ち野津の背に傷を負わせた後、流石に限界に来ているのか苦しげに肩で息をしながら片膝を付いている。
その足下に累々と横たわる屍は九つ。
それ以外にもその二人の青年を囲むようにして負傷した男たちがいた。
尻餅をつき斬られた腕を押さえる者、血みどろでのたうつ者、這い蹲り逃げ惑うもの。
奇襲とはいえたった二人で瞬く間に九人も斬り伏せ、それどころか小隊長の野津にまで傷を負わせたのか。
このままでは我が身も危ない。
ダーン、ガガーン
狙いを定めた銃士隊の銃が火を噴いた。
一斉砲火を浴びた二人は、足下の血溜まりに転がるまだ生暖かい屍の上に崩れるように倒れこんだ。

一瞬にして血が滾った。全身いたるところがカーッと熱い。
流石に、もう、駄目だろう。
倒れこんだ視界の先に見覚えのある布地が見える。あの鮮血に染んだ袂は、青山の物に違いない。
「・・・あお・・・や・・・まっ」
みたぞ、青山。最期に隊長らしき男に傷を負わせてやったな。
渾身の力で鉛のように重い左腕を伸ばす。
唸りさえ漏れぬ半開きの口元からゴフッと血泡が流れ出る。
ゆっくりと視界に伸びていく腕が自分のものとは到底思えなかった。
まるで別の誰かの腕が横切っていくかのようで、随分と不確かな感覚に目を細めた。
そのまま視界は暗く沈み霞んでいく。
指先に微かに触れた袂。
それを掴むことが出来たのかどうか、山岡にはもう判らなかった。






この物語は事実に基づいて妄想が加筆された物語で、フィクションです。
実在の人物・団体などなどとは一切関係ありません。・・・多分。
モデルは二本松藩士・大壇口の二勇士/山岡栄治(二十六)/青山助之丞(二十一)
2005.10.18初
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